世界史語呂合わせ―近世~近代

18世紀に入るといよいよ近代が近づいてきます。

ヨーロッパではフランス革命と資本主義の発展、ヨーロッパと非ヨーロッパ地域の拡大など、世界の一体化がどんどん進んでいきます。

世界史語呂合わせー近世~近代

1661年 中国清王朝の4代目皇帝に康熙帝が即位

語呂:中国のヒーロー無比の康熙帝

明王朝の滅亡後、北方民族の清王朝が1644年から中国全土を支配におさめていました。この清は20世紀まで続く王朝となりますが、1661年に即位した康熙帝は名君として知られています。

この康熙帝は唐の李世民と並んで中国史上の名君と称えられる皇帝です。また、康熙帝の後も、雍正帝、乾隆帝と優れた皇帝の時代が続きました。

1661年 太陽王ルイ14世の即位

語呂:王制のヒーロー無比の太陽王ルイ14世

康熙帝と同じとし、フランスのブルボン王朝ではルイ14世がわずか4歳で即位しました。当初は宰相マゼランのイニシアティブによって統治を行っていたルイ14世ですが、マゼランの死後は親政を宣言し、積極的にさまざまな政策を行います。

ヨーロッパの覇権をめぐる4度の戦争やヴェルサイユ宮殿の建設など絶対王政を象徴するかのような事業を行いますが、結果的にこのときに財政負担がフランス革命の要因とひとつとなります。また、信教の自由を認めたナントの勅令を廃止したことで、多くの優秀な人材であったユグノー(プロテスタント)がフランス国外に流出しました。

1683年 オスマントルコの第二次ウィーン包囲

語呂:ウィーン包囲、異論挟まず大失敗

一時期はバルカン半島の多くの地域を支配下におさめ、ヨーロッパに対して大きな圧力を加え続けていたオスマントルコですが、最後の欧州への攻勢は1683年の第二次ウィーン包囲でした。

この包囲は結果的に失敗に終わり、以後オスマントルコはヨーロッパに対して劣勢になっていきます。

1700年 北方戦争の開始

語呂:バルト進出、避難を恐れずピョートル1世

それまではイギリス、フランス、神聖ローマ帝国(ドイツ、オーストリア)、スペイン、ネーデルラントなど西~中央ヨーロッパが中心だったヨーロッパ国際関係ですが、18世紀になるとスウェーデンやロシアと言った北方の国々が有力勢力として登場してきます。

1700年にはバルト海への進出をもくろむピョートル1世のロシアと、ポーランドやデンマークと手を組んだスウェーデンとの間で北方戦争が起こります。結果的にロシアが勝利を収め、バルト海東岸地域を支配下におさめます。

1701年 プロイセン王国の承認

語呂:王国としていい名を披露プロイセン

プロイセンはブランデンブルク選帝侯領がドイツ騎士団領を17世紀に併合してできた王国です。小さな領地でしたが、スペイン継承戦争の際に神聖ローマ帝国を支援したことから、戦後に王国として承認されました。

もともと小さな国だったプロイセンは、「啓蒙専制君主」として有名なフリードリヒ2世の時代にはヨーロッパ五列強(イギリス、フランス、プロイセン、オーストリア、ロシア)の一つとして数えられ、19世紀にはオーストリアを抑えてドイツ統一の主導的な国となります。

1776年 アメリカ独立宣言

語呂:柔軟なロックに学んでアメリカ独立宣言

18世紀、イギリスはアメリカ植民地に対して高圧的な姿勢を続けていましたが、1774年に植民地側は大陸会議を開き、イギリス本国に対して抗議を行います。

しかし、イギリス側は態度を変えなかったため武力衝突が発生、アメリカ植民地側は後に初代大統領となるワシントンを総司令官として開戦に踏み切ります。そして、1776年には有名なアメリカ独立宣言を行います。周知のとおり、この独立宣言にはイギリスの思想家ジョン・ロックの影響が強く見られます。アメリカ合衆国は、1783年のパリ条約にて承認されます。

1789年 フランス革命の開始

語呂:三部会旧制度への非難湧く

この年号は語呂で覚える必要はないでしょう。フランスの三部会は、貴族、聖職者、平民の三つの代表が集まる議会でしたが、ルイ14世が停止してからは開かれていませんでした。

長年の懸念であった財政問題を解決するために1789年に開かれた三部会は、貴族や聖職者の特権に対する平民の批判が爆発し、フランス革命の端緒となります。平民側は三部会ではなく国民議会の開催を要求、さらにはバスティーユ監獄への襲撃、人権宣言、ヴェルサイユ行進と、革命の激化へとつながる出来事が次々と起こりました。

1792年 国民公会の成立、フランス第一共和制へ

語呂:公会でいきなり国は共和制

当初は王政の温存を前提とした穏健な改革派が中心だったフランス革命ですが、1792年になると急速に過激化します。92年の選挙で共和派が議会の多数を占めると王政の廃止が宣言され、フランスで共和制が樹立されます。

この共和制は現在まで5回成立した共和制の最初の政体となりました。なお、国民公会では民衆や農民の支持を得たジャコバン派が台頭してきます。ジャコバン派の中心にはロベスピエールやエベールと言った革命を彩る人物がいますが、94年のテルミドールの政変によってジャコバン派は失墜し、彼らも断頭台に送られます。

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